おぢやファンクラブ2004.10.23
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2004年10月23日午後5時56分

今までに体験したことのない揺れが小千谷市を襲いました。
新潟県中越大震災。山が崩れ、道路は陥没し、ライフラインもすべて寸断。
暗闇の中、次々と襲う大きな余震は人々を恐怖と混乱に陥れました。

あの日、あの時。小千谷市ボランティアセンター発行の広報紙「いーねか」には
小千谷市民から寄せられた、たくさんの体験談が掲載されています。
震災の語り部としてご紹介させていただきます。
いーねか震災復旧状況の写真はこちらから
「いーねか」定価800円 
あの日あの時 2004年10月23日 みんなの体験談

「10月23日」 小栗山 48歳女性 2005年9月号

鍋が宙に舞い、娘が傷を負う
夕食準備の台所で灯の消える瞬間にみたものは、火が点いたままのガスレンジが鍋ごと宙に舞うところでした。「えっ!何」「ガタガタガタ、ガチャガチャ!」音と共に停電、今まで経験した事のない揺れが闇の中で何度も続く、立っている家具はすべて倒れ、手を引いてもらい家具の上をよじ登らなければ部屋から外へも出られませんでした。小5の息子は箪笥が倒れてたんこぶができ、階段が抜けて壁は落ちていた中をどうやって階下に降りたか覚えていないという。高3の娘は膝を切って傷がパックリと開き手当を受けられたのは、二日後に救助された後でした。でもその程度の軽傷でした。家を離れて会社にいた夫にもすぐに連絡が取れ、全員無事の確認が直にでき安堵の気持ちで一杯でした。道路の寸断と土砂で川が溢れて、泥だらけになって夫が帰ってきたのは夜が明けてからでした。

のどかな風景が一変!
中山間地を襲った大地震といわれていますが、棚田、養鯉池、のどかな風景が一変して山と池が破れ、土砂崩れと洪水を起こし、道路が濁流の川となり、山の壁面が谷に落ち地層も露わに、道路の段差は至る所に見られ、地割れ、家の倒壊、など悲惨な状況でした。しかし意外だったのは、火災はこの大きな地震の中で2件という少なさでした。食事前で火を使っていた人がほとんどだったと思います。これは阪神淡路以降のガスのシステムが改まっていたおかげで本当に助かりました。火傷の人も随分いましたので、仮設に入ってしばらくは台所にたつのが嫌だ、揚げ物がまだ怖くてできないという声を多く聞きました。
野池と越冬池が破れて道路が洪水状態、水がどんどん増えていく錯覚に襲われ、足もすくわれ恐ろしかった。上に行ったらよいか、下に行ったらよいか、どうすればいいんだろう?避難場所がわからず右往左往では無く、分かっていてもどうしてよいかが解りませんでした。
今でも耳奥に残る「バリバリ、メリメリドドド」が同時に混ざった濁音、それは東山小学校の前にある山の壁面が4度目か5度目の揺れで谷底に落ちる時の音でした。暗闇の中で、しかも地割れのするグランドにうずくまって聞いた不気味でいやな記憶の一つです。余震が強いのと、地割れのグランドに阻まれ避難しようとしていた体育館に近づくのをついにあきらめました。二手に分かれていた町内の人が一か所に集まることになり、移動することになりました。学校のスクールバスが無事だったので、お年寄りから乗ってもらうことにしました。寒さも増してきたのでバスは助かりました。
最初はその辺で用をたすのも勇気が必要でしたが、一日くらいなら何とでもなるけど続くとどうなるだろう、総ての事が不安だらけでした。
夜半になり町内の会館の様子を見て大丈夫そうなので建物の中に入って過ごすことになりましたが、建物の中にはとても入る気がしないという人もいて、車とバスと会館に70名の人々が2日間過ごしました。

冷たく見えた月明かり
いつの間にか綺麗な月が昇って、澄んだ晩秋の空に蒼い光は闇から私達を救ってはくれましたが、過去に見た月の中では一番冷たく見えました。町内へ登ってくる道路はすべて崩れているという中で、泥だらけになった人が次から次へと上がってきました。先へ進みたいのに道路が無いため崖を這い上がり、田んぼや野池の畦をつたって来ました。携帯も繋がらない、家族の安否が気になる、単に我が家へという想いで、登ってくる人を見るにつけ胸が熱くなりました。市内で唯一火災が起きた岩間木地区、「ズドーン、ズドーン、ズドーン」3回続けて爆発の大音響が轟きました。我が家への想いが募っている人が見つめる中で、とても残酷な炎と爆音でした。さらに山古志の人等もやって来ました。ここに辿り着くだけですでに疲れきっている人もいて、夜が明けるまで留まる人もいました。その次の日もそうでした。一人で子供3人を連れた若いママが、我が家への想いで夕方になって登ってきました。みんなで説得してその晩はここへ留まる事に、夜半に家族と連絡が付き翌日の朝、待ち合わせ場所に迎えに来ることになりほっとしました。

同級生の訃報に泣く息子
夜中にラジオで子供の同級生の訃報を聞きました。涙が止まりませんでした。どうやって子供に伝えようか考えがまとまらず、夫が戻ってきたら相談しようと考えていたのですが、夫は相談する間もなく子供に会った瞬間に友の死を告げました。小5の子供は声も出せずにあふれる涙を拭って、拭ってまた拭って肩を震わせ泣きました。

頼りになった地域の力
夕食をとっていない人がほとんどなので明るくなるとほぼ同時に食事の用意が始まりました。最初は汁物とご飯だけでしたが、家から持ってこれる物は協力し合って米がある人は米を持ちより、冷蔵庫の中身を提供する人、乾物、保存食、牛乳、何でも役に立つ。朝・昼・晩の食事当番を決めることにしました。
すべてのライフラインがだめな中で、若い人の活躍が際立ちました。発電機の設置、LPGのボンベの設置、水を引く、ヘリポートの目印作り、情報収集等、何をするにも普段の生活の中では決して見えて来ないことばかりで非常時の手際の良さに、感心し頼もしく見えました。上空を飛ぶヘリコプターは、一向に降りてくる様子もなく通り過ぎていきました。私たちのことは、まるで忘れ去られているのだろうか、孤立している状況は、まだ伝わっていないのだろうか。東京から新聞記者は来るのに、対策本部からは、何の情報も来ないと不安が募りました。それから2日後ヘリで救助され搬送されました。ヘリの中から見た被害の酷さに、もうここに戻ることが出来ないのではないかと思いながら、崩れた山を見ながら東山を後にしました。

東京でも地震を体験
皆様の記憶に新しい先月7月23日午後4時35分頃震度4〜5の地震を東京で体験しました。(※2005年)私たち小千谷市と杉並区とは昨年5月に防災協定を結んでおり、東山小の親子はNPO杉並文化村の招待で天満敦子さんのヴァイオリンコンサートに来ていました。天井からコンクリートの破片が落ちてきて演奏は一時中断、小千谷の私達は、地震と確認でき落ち着いておりました。演奏の感動も含めて忘れられない日になりました。
あの日あの時 2004年10月23日 みんなの体験談

10月23日・・・ 真人町 33歳女性 2005年10月号

忘れたくても忘れられない昨年の10月23日、友人と出かけて帰ってきて、入れ違いに母親が親戚の祖母をお見舞いに行くために、おじさんと出かけて行きました。その30分後くらいに、ドーンと言う地下から突き上げるような凄い音と共に、激しい横揺れが絶え間なく続きました。

少し早目の夕食を食べようとしていた私はとっさにテーブルの下に避難しました。食器棚からは皿やカップが大量に落ちて割れ、停電にもなっていたので私は恐くて叫んでしまいました。隣の部屋にいた父親がかけつけて一緒にテーブルの下に避難して、パニックになっている私をなだめてくれました。1人で家に居たらどうなっていたか分かりませんでした。

父親が外へ避難するために懐中電灯を取りに行こうとすると、はげしい横揺れになり、なかなか懐中電灯を取りに行けませんでした。やっとの思いで外へ避難することができました。

近所の人達と道端に避難していると、何度となく余震が続き、皆で励ましながら落ち着くのを待ちました。私は親戚の祖母のお見舞いに行ったきりの母親がどうなっているのか、不安でしかたありませんでした。TVやラジオも聞くことができず、情報がまったく分からなくて消防団の人に聞くくらいしかできませんでした。あちこち道路が寸断され真人は孤立状態のようなことを言われ、ますます母親の事が心配になりました。それから2時間くらいしたら母親がおじさんと共に市内から歩いて帰ってきたので安心しました。町内の状況を母親から聞いて改めてこの地震の凄さを実感しました。
その夜は車内で余震の続く中、不安な一晩をすごしました。

最後に皆様からのあたたかい支援本当にありがとうございました。

※阪神淡路大震災のニュースを他人事のように見ていました。自分達の場所は大丈夫と思い込んでいたので、今回の中越地震の時はラジオもなし、懐中電灯もわかりづらい所へ置いてあって、もたもたして外へ避難するのが遅くなってしまいました。いつ何がおきるか分からないので防災用品は身近な所へ置いておかなければと反省しました。
●バックナンバー
NO5 2005年7月号、9月号掲載分
NO4 2005年7月号〜9月号掲載分
NO3 2005年5月号〜6月号掲載分
NO2 2005年4月号〜5月号掲載分
NO1 2005年4月号掲載分
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