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小千谷に昔から伝わる伝説や、地名の由来をご紹介します。

雪国は伝説の宝庫です。とりわけ小千谷には、興味深い伝説や昔ばなしのかずかずが伝わっています。 山の城跡、谷間の古池、森の中にひっそりたたずむ社、また、道ばたの塚や苔むす祠、それぞれに忘れがたい物語が秘められています。 五十嵐秀太郎著「小千谷の伝説」(恒文社)には、そんなたくさんの物語が収められています。 小千谷を訪れた時には、ぜひ見て、触れて、イメージをふくらませてみてください。
五十嵐秀太郎著「小千谷の伝説」(恒文社) 
定価2,000円
サンプラザにてお求めいただけます。
第二回 愛染明王

小千谷の神社やお寺に残る伝説をご紹介します。

謙信を守った神軍 〜土川〜
越後の国の守護になり、関東管領という職についた上杉謙信は、何回も関東へ出陣しなければなりませんでした。
そのころ、越後をおさめる役所のあった直江津から関東へ行くには、小千谷で信濃川をわたらなければなりませんでした。
小千谷は高田街道と関東街道を結ぶ大切な渡し場で、小千谷も中子も、そのために生まれた村だということです。
謙信は、こうして小千谷を通るたびに、深く信仰していた上弥彦神社へたちよって、戦争に勝たせてくださいとお祈りすることにしていました。
このときも謙信は上弥彦神社にたちよりました。社の森が将兵でいっぱいになりました。謙信は重だった武将を引きつれて社殿に入り、おごそかに戦勝祈願の儀式がとり行なわれました。
儀式が終わって、拝殿のきざはしの上に立った謙信が、ひろびろとつづく田の原に目をうつしたとき、はるかかなたの霞の中を、天香語山命(あめのかぐやまのみこと)が十八末社の神々を引きつれて、関東の方向へ向かうお姿がありありと見えたのです。
喜んだ謙信は将兵にむかって、
「みなのもの、よくきけ。いま、戦勝祈願を終わって、このきざはしの上に立ったとき、はるかかなたを神々が関東へおもむかれるお姿をありありと見たてまつった。われらの正義の戦いを、上弥彦大明神がお守りくださるのである。このたびの戦は必ず勝つであろう」
と告げました。将兵の意気は、いやがうえにも上がり、「エーイ エーイ オー エーイ エーイ オー」と、ときの声を上げて関東へ向かいました。
関東での戦いの最中にも、いざというときになると神のみ旗があらわれ、その導きによって、大勝利をえることができました。
感激した謙信は、関東から帰ると、本社には百貫文の年貢の上がる土地、十八末社にもそれぞれ一町八反の土地を寄進したのです。
戦争がつづいたためすっかり衰えていた魚沼神社は、これでふたたび盛んになり、祭りもきちんと行われるようになって、魚沼の守り神としての面目をたもつことができるようになりました。

※魚沼神社・阿弥陀堂(国指定文化財)
古くは「上弥彦神社」と呼ばれたこの社は、方三間、一重宝形造茅葺です。
鎬つき挙鼻、象形の頭貫鼻、また梁や肘木の絵模様など、見事なほどに繊細な装飾が随所に見られます。
小千谷駅からバス10分「平成2丁目」下車、徒歩5分

阿弥陀堂
●バッナンバー
第二回 2007年11月9日掲載分
第一回 2007年10月23日掲載分


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