「巫子爺人形操り」
屋台人形「巫子爺(みこじい)」の伝来については、徴証を欠いていますが、伝説によれば「風長」という旅人宿に山伏風体の男が逗留し、幾日か後に去るにあたり宿賃の不足分として置き去ったのがこの人形(爺)の首の起こりだといわれています。
現在では爺と巫子の二つの人形を使いますが、以前は爺のみであったといわれ、爺は座姿で首・手・目・舌が動き、顔の表情は常時喜悦を表現した彫りの深い作りです。
巫子は立姿で手・首・足が動き、体全体の動作は屋台の下で操作します。
爺の首は当初のものがなく、二代目か三代目です。からくり、形からみて淡路人形の系統と思われます。また歌曲は全部で十曲あり、囃子は、太鼓・三味線・笛・銅・拍子を使用します。
「豊年獅子舞」
豊年獅子舞は以前、下タ町(したまち)にあった諏訪神社の祭礼に舞われたもので、この祭礼は、大名行列が繰り出され、道路の左右で「しゃぐま」を投受するなど盛大に行われたと伝えられます。
明治42年10月、二荒神社に合祀されて以来、毎年二荒神社の祭礼に舞われるようになりました。この獅子舞についての徴証は明らかではありませんが、江戸時代後期に縮文化の一つとして伝来したものと思われます。
歌曲は七曲あり、踊りは太陽を象徴した日傘を中心にして、男の子が扮する山の神(天狗)を先頭となり、牝獅子・牡獅子・仔獅子の三頭を率い、大人の笛・太鼓の囃子に合わせて舞います。
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 「めっこんじさ」や「みっこんじさ」と呼ばれて親しまれています。
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 4人の男の子が舞う踊りは囃子と息がピッタリです。 |
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